韓国ドラマ サンオ(サメ) 資料室

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魅惑的な暗殺者1 サンオ キ・グクソ 存在するということだけでも (インタビュー)

魅惑的な暗殺者1 サンオ キ・グクソ 存在するということだけでも (インタビュー)
Posted byベソンヨウンon 2013/07/31



「サンオ(鮫)」の暗殺者を演じた俳優キ・グクソ
すべてが紙一重の嘘で自分を隠しその嘘を隠すために秘密を抱いて生きるKBS2ドラマ「サンオ(鮫)」(脚本キム·ジウ、演出パク・チャンホン チャ・ヨンフン)の世界を遊泳する人々の中で最も不気味である<かちゃかちゃ>とボールペンの音とともに常に息の根を止めてきた暗殺者チェ・ビョンギであった。

見慣れない顔だが、極めて平凡、だから余計に不気味だった。
チェ・ビョンギを演技したのはキ・グクソ。
演劇演出家としてより知られており、俳優ギ·ジュボンの兄である。
1976年に設立された劇団76の有名な演出家で、演劇的な責務を持ってひたすら演劇のために生涯を捧げた彼だった。
映画やTVという大衆の媒体を通じて演技者という職業を生きる始めたのはわずか昨年から始まったことである。

映画「泥棒たち」のウェイホンと「サンオ(鮫)」のチェ・ビョンギ。
冷血という言葉では説明できない冷たい空気が共存していた彼とついに向かい合って座った。
長い時間を演出家として暮らしながら、カメラに怯え清心丸を食べてから演技をしたと朴訥と告白する実際のキ・グクソには穏やかな人間の気温が漂ったが、漂う圧倒的な、それで涼しい重みだけはどうしようもなかった。
ただ存在するだけで話を生み出す、そんな俳優と向き合った短い時間の記録を繰り広げた。

Q.これまで演出家として過ごしながら一歩遅れて本格的に演技に足を踏み入れた。
キ・グクソ:過去にも映画に出演したりしたが、カメオの形で出演したし、当時は演技を見せるだろうと心に決めてかかったことはなかった。舞台に立ったこともあるが、俳優に事故が生じたときにセリフをすべて覚えている人が私だから上がったほどだった。そうするうちにチェ·ドンフン監督の映画("泥棒たち")をに出演したくさん悟らされた。チェ監督は良くリードをしてくれ、映画演技というのが私の考えているものと異なっていることが分かった。

 Q.演出者として演技者の見方にも変化が生じただろう。

キ・グクソ:前以上だけを考えた。
結果だけを考えて俳優がどんなコンディションか精神世界はあまり大きく考慮していなかった。
押し通すこともあった。実際に私が演技をしてみると(俳優との関わり)の方法を変えなければならないなと思うようになった。俳優の演技を導くことができる一つの方法ができたようだ。

 Q.演技に改めて楽しさを感じた瞬間もあったようだ。

キ・グクソ: "泥棒たち"でシーンで2〜3回程度。
また、後に"追従の王"を撮った時、ある瞬間 "そうするのが演技なんだな"と自分で悟ったことがある。
その時初めて知った。俳優としての快感を。“そうなのか”と体が知った。

 Q.演出家として数多くの俳優たちの演技を見てきたのに、自分の演技をこれほどまでに長く向き合った瞬間はなかっただろう。自分自身にどのような評価をしたのか。

キ・グクソ:習う訓練は長くならなければならない。
身体はすでに俳優で形成されていなければならないのに私はそうではなくなっていた。 どれくらい緊張して震えたか。

Q.本当に?信じられない。

キ・グクソ:確かに。適応が遅れた。頭では理解しまても、実際その人物になりきって演技をした経験は多くない。カメラ恐怖症もあったし、人々が見ているときに頭が急に真白になる経験もした。快適に没頭して当たり前のようにその人物になっていなければならないのにそれが容易ではなかったよ。毎回清心丸を食べて演技をした。

Q.しかし、観客の立場では、前作である映画 "泥棒たち"のウェイホンのキャラクターが伝える存在感もまだ生々しい。当然プロの俳優だと思ってたのにそうではなかったので驚いた記憶がある。チェ·ドンフン監督のラブコールを受けた瞬間を教えて下さい。

キ・グクソ:面白そうなので、だ。チェ·ドンフン監督が、ある日、チュ·ジンモとお酒を飲みに私の家に来た。その時はキャスティング提供のためのものとは思わなかった。ただお酒を飲みに来たんだろうぐにだった。後になればキャスティングのために私に会いに来たのだった。チェ監督は魏洪の役割に韓国の観客に不慣れに見える顔でなければならず、多分、北朝鮮の人々のように見えることも、背が小さいことなどを設定しておき俳優を発見した、チュ·ジンモや私の考えていたようだ。以後表情に出さないでシナリオを送ってきた。 その間(演出者大演出者で)シナリオ検討してほしいという要請はたびたび入ってきて、そうしたことがキャスティング提案だった。

  Q. 演出家は閉じ込めておこうとする存在だが、俳優は抜け出ようとする存在なので同じ空間にあるがそれぞれ違う方向のエネルギーを持つ存在である計算なのに事実は同種業にあることにも完全に違った存在に変貌したことだ。

キ・グクソ:一理がある。 演出は自分の枠組みに俳優を合わせようとして、自分の思いのままにしたいこともある。 しかし永らくして見たら、そんなことはつまらないということを知るようになった。若かった時は意地もできる。 演出者が俳優に役割を与えた時は、演出が考えるその人物にならなければならない。 一種の強要ができる。 しかし分かってみればそうではなかった。

 Q. 76劇団の演出家として長く活躍してきた。歴史の長い劇団であり、劇団出身の俳優たちもすばらしい。オ・グァンロック、ソン・ドンイル等。演技に飛び込んだ時、彼らの反応はどうだったか。
キ・グクソ:面白がっていたし実際に見ては不安でしかたなかったと怒られたよ(笑)。

Q.弟(俳優キ·ジュボン)の反応は?演技においてアドバイスを聞かなければならない立場であろう。

キ・グクソ:20〜30代であればお互いにそのような(役)の話もしただろうが、年齢があり、お互いの事情をよく知っているから自然にしていた。特にコメントはなかった。

 Q.キ·ジュボンの場合、中学時代から演劇部の活動をしていた。その頃の弟の人生に影響を及ぼしたはずだ。

キ・グクソ:むしろ反対だ。末っ子せいか、学校が好きだったよ。私は学校自体を嫌っていた。弟は、複数の人との交流が好きな性分なので中学校の時から演劇部と弁論をした。高校もそうで大学も演劇映画科に通って完全に俳優としての道を歩いた。私は高校まで頭の中が文学に満ち、大学も国文学科へ行った。しかしジュボンが常に私を(演劇に)引き入れた。 私の力量を弟が受けたと話す人もいるがその反対だ。

 Q.会話する今、あなたはこのように穏やかなのに、香港の組織のボスに暗殺者だなんて。演出家はどうしてキ・グクソという人を俳優として活用しようとするとき対極の冷たい人物を重ねる意図したのだろうか。

キ・グクソ:もちろん私はあんな残忍な人では絶対にありません。だが年齢があるから想像ではいくらでも冷酷にも無感心にもなることができます。そんなこともあるのだろう。

 Q.向かい合って​​座った瞬間に感じられる強いオーラのせいだろうか。

キ・グクソ:自分では全くそうは思わない。暗い重い人ではない。しかし、他人はそうだと見る。ただじっといるのに、怒ってるのかかと聞かれたりする(笑)。仕事が演出だからなのかそんなこともあって。

Q. 告白すると「サンオ(鮫)」は映画ほどではなかったけれど足をドンドン揺すらなければならないほど恐ろしい瞬間があった。もちろんチェ・ビョンギのせいだ。書店の主人である時も暗殺者の一時も表情が微動だにしなかったということが伝える妙な恐怖があった。魂のない人を見したような感じというか。

キ・グクソ:パッと笑ったり人相を頻繁に変えれば感じが完全に変わる。鏡を見ながらそんな風にもしてみたが、そうはならなかった。無関心で無表情な表情がキャラクターによく合いそうだと考えた。

Q.もう一つ怖かったのは、彼の限りない平凡さだ。ただ背景のように暮らしていた書店主人が、誰よりも恐ろしい秘密を秘めた暗殺者だった。チェ・ビョンギの存在を知ってからは実生活でも静かにいつもその場にとどまっているような人々をもう一度観察した。人にはどのような歴史があるのかと​​疑問を抱いた。

キ・グクソ:本当にそうだったかも知れない。

Q.そうするうち、チェ・ビョンギの表情を初めて目撃した瞬間があった。イス(キム·ナムギル)が書店を訪ねてきて初めて暗殺者としての彼を発見した瞬間、目の下がピクリと動いた。初めて彼からの人の匂いを嗅ぐことになった瞬間というか。

キ・グクソ:そう感じたかい?だがあれは意図的に作られたものではなく、自然にその表情が作られた。そんな表情を意図的に作ることは容易ではない。映画でもそうだがTVドラマでも本当に多くの角度から色々と撮ったよ。偶然撮影されたいくつかの瞬間を編集して使うようだ。

Q.チェ・ビョンギは「サンオ(鮫)」の非常に重要なキャラクターだった。パク·チャンホンPDと事前に交わした人物設定があったのだ。

キ・グクソ:ベールに包まれた人物だということ。そして特殊訓練を受けた人物なので、いくら若く強力な力を持った人であっても私の前にひとたび立てば、まるで鋭い刃に臆する人のように怯えると話したよ。

 Q.人間が経験する最高の恐怖というのは何だろうか。
キ・グクソ:ホラー映画を見れば瞬間瞬間は恐怖だが最終的には快感と接続される。ほかに私達が経験する恐怖にもいくつかの種類があるが、その中では死への恐怖が一番大きいだろう。それを克服したことは偉大だったり勇気があったり二つのうち一つだ。

Q.結局チェ・ビョンギは死を迎えることになったが、瞬間をどんな感情で演技したのか。

キ・グクソ:刑事に扮した刺客が私(チェ・ビョンギ)を訪れ青酸カリを渡す。死と出会う瞬間だ。<一瞬青ざめ、すぐにかすかな微笑を浮かべて躊躇せずに薬を飲みハハハ笑いと共に頭を下げて死ぬ>がその瞬間を表現するの支持だった。その瞬間最初はこいつが私を殺しに来たんだと思い恐怖を感じる。そうするうちにとにかく罪を犯したし死刑は明らか、常に死を予感していたのでためらわずに選ぶこととなった。いくつかの感情が交差し毅然とした態度になった。恐れたり卑屈になると私らしくないと思った。

 Q.遅ればせながらあなたを発見した私たちのために演技を今後も継続する予定なのか。

キ・グクソ:"泥棒たち"は確かに起点となり、ますますその世界を知るようになって表現したくもなった。誰もがそのような願望はあるはずだ。演出家という職業は表現を映像や舞台でする。だから個人が自己を表現するものとは言い難い。しかし演技をしながら私は自分自身を表現するようになった。今後もしたいという欲求も生じた。この年になって。何よりも面白い。そして今までは他の人が私のイメージを見て使ったとするならば、私の考えで表現する作品を書きたいという考えも持ち始めた。

Q.演劇演出家としての近況と計画を聞かせてください。

キ・グクソ:11月に‘偶然の男’という翻訳劇を上げる。 また、10年ほど若い人々としている2人劇フェスティバル行事もある。76劇団は一時騒がしかったが人気の上下を経験して最近3~4年は忘れ去られていた。再起しなければならない時がきた。

Q.演技者として知られ、劇団の復活にも助けになるといいですね。

キ・グクソ:私の願いだ。

 Q.過去に演劇以外の仕事をしていない理由として欠乏が重要であり不足することで勇気が生じるという話をした。

キ・グクソ:欠乏は芸術精神の一つの条件である。芸術家はそうしてこそ魂が生きる。空腹だからこそ目が光るように。不足というのは、経済的欠陥もだが、継続して熱望する不在でもある。ある日の夜11時ポケットにバス代がある。急に怒り捨てる。それを捨てて家まで二時間半をかけて歩く。そういうことだ。無いことで腹が立ち怒っているからこそ勇敢になる。

Q. 充足が窮極の目標にならないという言葉に聞こえる。欠乏した状態が結局はエネルギーの根源になるというような…

キ・グクソ:満たされているのは幸せではない。幸せなのは少しですぐに足りなくなる。喜びを追うようになる。仕方がない。人とはそういうものだ。今は資本主義がいわば神になった。世界的にそのような風潮だ。物質を資本を追跡することを悪いとだけすることはできないが果たしてそれだけかという疑問はある。それこそを考えるべきなのに人々はそのようなことは考えもしない。私は思いがけなく話はしたが最近の時代を見て私はそう考えている。

 Q.さて、キム·ナムギルとソン·イェジンは、後輩としてどうだったか。

キ・グクソ:キム·ナムギルさんは皆と息が合って良かった。顔がハンサムであるとか目つきが良いとかは二の次なのだ。とにかく息が合った。自然だったのだ。ソン·イェジンさんは誰もが知っている通りだ。年配の私にもソン·イェジンさんが近くの隣の席で話してくれるからワクワクしたよ(笑)。20代のようなに急にそんな感じがした。画面よりも実際に見るとね。余談だがソン·イェジンさんは相手をときめくようにさせる特別な何かがあったよ。俳優としての魅力だろうな。

http://tenasia.hankyung.com/archives/160697
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by sang-eo | 2013-08-03 21:33 | ☆【韓国】レビュー等をご紹介

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